卒業論文
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「『日本各地の攻撃的黒呪術に見られる共通点とその効果』、ですか」
九州大学伊都キャンパスの一角、文学部比較宗教学研究室に与えられた一室で、老齢の男性教授はつぶやいた。

「はい。福岡に伝わる呪術と、北海道に伝わる呪術の間に、ほとんど同じプロセスがあったのが気になって。ほら、これとこれ。この二つ、目的は近いけど由来も発生年代も全然違うはずなんです。それで軽く調べてみたら、福島の呪術にも似た手順があったんですよね。それで、同じプロセスが存在している理由とか、その部分が表す意味とかを調べて、卒論にしようと思ってます。」
そう答えるのは、好奇心に瞳を輝かせた若い女生徒。そこにあるのは自身の力で未知を既知へと変えようとする確固たる意志。

「……成程。まあ、いいと思いますよ。頑張ってください。そうだ、こういうことに詳しいサイトがあったはずです。あとでメールでURLを送るので、見てみるといいかもしれません」
手渡された紙を眺め、老教授は静かに答える。その返答に満足そうな顔をして、女生徒は部屋を退出した。
一人残された部屋の中で、老教授は少しの間悩まし気に宙を眺め、その後パソコンを開いてどこかへとメールを打ち始めた。


「図書館で資料漁ってみたんですけど、あんまいい感じなの見つかんなかったですねー。なんか知りたいとこだけ伝承が残ってなかったり、破損してたり……。教授が教えてくださったサイトでも、それらしいのは見つかりませんでしたし、ちょっと困りました」
数週間後、同じ部屋で難し気な表情を浮かべて話す女生徒。

「おや、そうですか。うちの図書館の資料は国内でもトップクラスのはずなんですがね。ここにないならちょっと厳しいかもしれません」
老教授は穏やかに返す。女生徒とは対照的に、それほど困った様子ではなく、むしろその顔には微笑みすら見える。

「もう少し悩んでくれても良くないですかー? まあいいですけど。それで、とにかく残ってる資料とかでどうにかやっていくしかないですね。夏休み使って北海道と福島行ってフィールドワークしてきます。あと、もしかしたら岡山にも似た感じのがワンチャンありそうなんで、そっちにも。空ぶるかもですけど、見てみないことには始まりませんし」
不平を漏らしながらも、女生徒は前向きに今後の展望を語った。どうやら論文のテーマを変更するつもりはないらしい。
老教授はその様子に一瞬だけ少し驚いたような顔をしたが、女生徒がそれに気づく前に笑顔を浮かべ、静かに応援の言葉を投げかけた。


「こんにちはー。教授、お久しぶりです」
夏休みも終盤に差し掛かったある日、女生徒が研究室を訪れた。

「おや、お久しぶりです。お帰りなさい。フィールドワークはどうでしたか?」
「いまいち成果は出なかったですかねー。資料はほとんど残ってないし、おぼえてる人もいなかったしで、劇的な発見とかはなかったです。岡山では結局何も見つかりませんでしたし。ただ、北海道のやつと福島のやつの裏付けは取れましたから、まあいいかなって感じです。あ、これお土産です」
「ありがとうございます。そうですか、現地にも残ってないとなると、いよいよ現存は怪しいですねえ」
老教授は静かに女生徒の報告を聞いている。

「ただ、なんかヘンなんですよねー」
「ヘン?」
女生徒の放った言葉に、興味を示す老教授。

「なんか、『文献が残ってるはずなのに残っていない』とか、『確実に覚えたはずなのに思い出せない』とか、『あるはずなのにない』ってことが何回もあって……。なんか不自然というか、うまく言えないんですけど、裏がありそうな感じがするというか……」
「へえ。それは興味深いですね」
「まあ本当に失われちゃってるだけかもしれないですけど。それで、とにかく福岡と北海道と福島の呪術に同じプロセスがあることは確定なんで、あとはそれぞれの由来とか目的とか効果とかを調べる感じですね。結構大変そうですけど、頑張んないと」
「ええ、頑張ってください。期待していますよ」
老教授は穏やかに微笑む。しかし、女生徒が退室した後のその微笑みは、どこか暗い色を帯びていた。


「こんにちはー……。教授、ヤバいですよこれ。マジでヤバいです」
「ああ、こんにちは。ヤバい……とは?」
研究室に入るなり、老教授に駆け寄る女生徒。

「これ見てください、ほら」
そういって掲げられた左腕には包帯がまかれている。

「これはまた痛々しい……。どうしたんです?」
「いや、実は昨日、友達に頼んで私のこと呪ってもらったんです。あの呪術手順使って。そしたらこの大火傷。偶然かもしれませんけど、もしかしたらこれ、マジモンかも……」
「ふむ、それならこの研究はやめたほうがいいかもしれませんね。さすがに生徒が危険な目にあうような研究は推奨できません」
そう語る老教授の目には、心なしか安堵の色が浮かんでいる。

「いや、研究は続けますよ。絶対。こんな面白そうなこと、途中で辞められるわけないじゃないですか! ただ、実験を続けるとなると、最低でもあと5回は呪われなきゃいけないんですけど、そしたらさすがに死にますかもね……。それがちょっと不安ではありますけど、でもやめたりする気は一切ないですよ」
女生徒ははっきりとそう宣言した。未知なるものへの好奇心と探求心から発せられたその言葉は強い決意を感じさせる。
老教授はその言葉に目を見開き、微笑み、そして───


「教授───じゃなかった、博士! この間の博多のヒューム値異常のことなんですが……って、どうしました?」
研究室に若い女性が入ってくる。彼女が語り掛ける老人は、ふと彼女の顔を眺め、感慨深げに溜息をついた。

「いえ、君も一人前の研究員になったなあと思いまして」
「博士のおかげですよ。博士があの日、私に超常の世界を教えてくれて、財団にスカウトしてくれて、そして教え導いてくれましたから。この世界のことを知れて、本当に良かったと思ってます。ありがとうございました」
「いえいえ、あれほどの探求心があるならどうせいつかは気づくだろうと思ったので、財団に迎え入れたほうが得だと思っただけですよ」

かつて自身の好奇心のために自らの身をも対象として実験を行った女生徒。財団の研究員となった彼女は、これからも未知を探求し続けていくのだろう。この九州大学伊都キャンパスで。

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